2013年9月3日火曜日

はなこ9歳にあたり、ちょっと言いたいこと。


少し前ですが、はなこは9歳になりました。なりましたと言ってももらってきたときの状態から推測しているのと、ハナと名付けたので忘れないように8月7日に勝手にしているだけで、テキトーなものです。

目が見えなくなってから数ヶ月が経ちますが、最初の1週間くらいはちょっと落ち込んでいる様子があったものの、生きる力か元々持っていた賢さなのか、日に日に元通りできることが増え、以前よりも賢くかわいく、なぜかとても穏やかになってきています。飼い主も見習いたいと思います。

決まったコースであれば、問題なく、そして楽しそうに歩けます。階段の上り下りもできます。バーカウンターのスツールに1時間以上お座りもできます。ご飯も一粒残らず食べます。

で、突然ですけど、最近、契約書の類のものを読む機会が増えて、日本は「反社会勢力とモノの売り買いをしません」的な商習慣であることを知りました。反社会性力の資金源になったりますます繁栄したりするのがよろしくない、という趣旨だそうです。これはよくないことにつながるモノについては売り買いをしない、という理屈なのだと思います。

反社会的勢力ほど極端な話でなくても、例えば、レストランやバーで、タバコを売るところは減りました。体に悪いとわかっているもの、嫌がる人が多いものはあえて売らない、ということかと思います。地球に悪いとわかっていて、いまさら排気ガスばらまくクルマをわざわざ買う人も減りました。

ペットをペットショップやブリーダーで買うことも、ペットショップやブリーダーのビジネスが繁栄し、彼らが動物を殺処分することにつながっていることも、少なくとも知的な人々の間では認識が広まってもよいのではないかと思います。毎日大量の動物が捨てられ、処分されていることは、いまや子供でも知っています。犬で言うと、成犬になってからなつくのは難しい、とはよく言われますが、それは犬に限ったことでなく、人間同士も大人同士は最初は難しいものです。違う生き物の犬が難しくて当たり前です。

しかし、愛情を持って一緒にいれば、犬は賢いのでわかってくれます。ともすると、人間の大人同士よりわかり合える日が来ます。

飼っていた犬が死んでしまって、前の犬に悪いとか辛いからもう飼わないというのも、ちょっと見方を変えてもらうことができないかと思います。犬を育てた経験やスキルがあるわけで、飼ったことない人よりも、上手く、殺処分されてしまうかもしれない動物を救って幸せにしてあげることができます。私自身、先代ななこで学習したことを、ハナコで活かしています。

ペットの保護施設のサイトをフォローしていると、1日に何匹も保護犬の知らせがアップされていて、痛ましい気持ちになります。保護施設の方々への提案としては、ペットの写真はかわいそうに撮るのではなく、かわいく撮ってアップしてほしいです。ペットを欲しいと思うのは、かわいいから欲しくなるわけで、かわいそうだから欲しくなるのではないからです。

最近、ハナコはますます可愛くなりました。成犬で引き取ったとしても、いいパートナーになれるというよいサンプルだと自負しています。

今後、先進国として、保護施設から引き取って育てることのほうが、イケてる、という社会になることを願っています。

ペットのおうち 

2013年5月27日月曜日

ななこ2回忌


最愛のななこが亡くなって今日で2年が経ちます。
亡くなる直前に入院していたにもかかわらず、一瞬の小康状態の隙間に、私は今となってはほぼどうでもよい仕事の準備のために、地方に出かけていました。病状が急変して病院から連絡があったときには、最後を看取るすべがありませんでした。あのときの自分の判断の間違いと、ななこを一人で逝かせてしまった自分を恨まない日は1日もありません。

先日、1週間の出張(と1日休暇)で、ホテル代わりにハナコをかかりつけの病院に預かってもらっていました。迎えに行ったらハナコはえらく歓迎してくれてました。そして、病院の先生に、「はなちゃん、本当にいい子になりましたね。最初本当にどうなることかと思ったけど、もう全然怖い感じないし、かわいくなりましたね」と言われました。

先生にはハナコをもらってきてからかれこれ1年半ずっと見てもらっているし、もっと言えば、ななこもずっとお世話になって、最期も看取ってもらったので、ハナコの成長をほめてもらえて、すごく嬉しかった。ハナコをもらってきた当初、あまりに暴れるので、「ななこはお利口だったのに」「ななこは可愛かったのに」とぼやくと、先生が、「ななちゃん、あの子は特別ですよ。あんな賢くてきれいな犬はそうそういないから、ななちゃんと比べてるともう犬は飼えませんよ」と言われていたのでした。その先生からハナコをほめてもらって、なにか多くが許された気がしました。帰り道、家に帰れる(その前にファイヤーキングに寄れる)ので喜んで小走りのハナコに引っ張られながら、私は大泣きしました。

ななこはまだ家にいて、ハナコと私と一緒にいます。いつまでも成仏できなくてかわいそうですが、心の中だけに置いておくには大きすぎて、自分の中だけで抱えていける自信がまだありません。

大人になるということは、こういう悲しみとか戸惑いを整理して前に進むということなのだと思いますが、年月に成長が追いつくのはなかなか大変です。

家族にも友人にもハナコにも、大切な人々に元気で楽しい明日が続きますように。

命日スペシャルの紀伊国屋謹製和牛をお供え。
30秒後にはなくなっていたけど。

2013年4月17日水曜日

記事と広告と記事広告

Googleは相変わらず面白い。既得権益が油断して好きにやっていると突然びっくりさせてくれる。

インターネット業界から離れて何年も経つので知らなかったけど、Google がAdvertorial を混在して掲載するメディアをニュース検索の対象から削除します、というニュース、出版社でネットを担当する友人からの質問で知った。もはや質問されても困るけど。

該当メディアにとっては大変だと思うけど、個人的には賛成だ。もうひとつ言わせてもらうと、記事広告と言われているものは、広告記事と言うのが正しいと思う。媒体主導で書かれた記事にお金が支払われているのではなく、企業がお金を払った上で作った記事が掲載されているわけなので。昔は記事体広告と言ったんだけど、最近はどうなんだろう。

企業はお金を払って掲載スペースを買って、前提として作業費も出しているわけなので、当然内容は企業によってコントロールされたもので、媒体が第三者として取材して読者に情報を届けたものではない。雑誌も新聞もネットも、広告媒体における”記事”は、媒体が主体的に第三者の目で取材した内容をもって記事、または編集記事であり、広告主となりえる企業が第三者である記者/著者または媒体の目を通さずに、どのような形であれお金を払って発信した情報は、「記事」ではなく、「広告」である。

企業広報の立場として難しいのは掲載スペースを買った訳ではないが、その他のお金を払った場合で、例えば本社に取材に行くのに航空券代や現地のホテル代を払った場合などがこれにあたる。業界によってはもはや当たり前になっているので、毎度迷いつつも絶対にやりたくないというのが本音だ。毎回迷う。本社がOKするケースもあり、毎度迷う。自分のお金じゃないからいいといえばいいんだけど、払った以上アウトプットには色々言いたい。悪口なんて絶対書くなよと思う。でも媒体側は編集協力費という美しい項目で理解しているので、記事には口を出すなと思っており、かみ合う議論ではない。中国は「紅包(ホンパオ)」という習慣があって、経費に加えて参加費まで払うのが一般的だ。もちろん領収書は出なくて来た人全員に支払われるのが普通だ。

日本でも中国でもそりゃずっと続けられるならやればいい。しかしこのケースは払って、このケースは払わないとか、この人には払ってこの人は払わない、というわけにはいかない。一度始めたらずっと毎回が基本だ。

頑に「払いません」(払えません、が正しいのだけど)と言い続けてきており、本社での発表会は米国ベースの記者さんだけをお招きしている。新聞もテレビも通信社も報道である限り国内交通費やホテル代も一切請求されない。ホテルはまとめて借り切っていることが多いので、コストは変わりませんのでどうぞ、と言っても、内規で禁止されています、とおっしゃり、厳しいところはお土産も受け取らない。企画ものでわざわざ日本から行ってくださる場合も、こちらでコストをサポートすることはない。なので、事実関係が間違ってない限り、原稿内容そのものに口を挟むことは当然ない。

一度だけ、ヨーロッパはこんなに来るのに、なんでアジアはこんなに少ないんだと言われて、一度だけあれこれやりくりして一部の国に交通費を出したことがある。広報人生最大の後悔。インタビューで何分使ったのに半ページしか出ていない、とか、これ書くならあれ書いてくれとか、普通の記事としてはまったく問題ないどころかいいくらいなのに、言えない分、自分の中で金払ったぞストレスがすごい。なのでもうやらない。もしもう一度やろうと思うことがあれば、それは私自身の限界だ。

せいぜい、普通のご飯代くらいだと思う。お互いやりとりできる範囲だから。企業の広報がジャーナリストから往復航空券とホテル代出すので一緒に来てください、っていうケースはないと思う。あったからといっていいわけじゃないけど。

雑誌の広告記事の制作部門にもいたことがあるが、編集記事でありながら旅行企画などは多くのケース、航空会社やホテルがそれなりにいい条件で提供していることがほとんどで、換算すれば広告並の金額で、クルーを接待しているようなものだ。それ自体は別に悪くないと思うが、Google のニュース検索はそういうものもはじくようになるのか、ガイドラインが難しいところだと思う。

一方で、広告は別に悪いもんじゃない。スペースを買って言いたいことを言う、なにか問題でも? 広告業界がADなのにPRと言ってみたり、記事のように見せた広告を作ろうとするから、広告の情報価値が受取手の中でどんどん下がっているのだと思う。シャネルの広告はどんなファッショングラビアよりも美しく、キューピーの広告はどんな料理写真よりも美味しそうである。フクヤマまで出ていてありがたや。

Google はもはや技術だけでなくモノの価値観やありかたを提言する存在になったんだな。


2013年4月2日火曜日

今日のはなちゃんまとめ最終回


昨日の続き。

思えば、最初に緑内障の手術をしたときから、いずれもう片方も緑内障になって失明しますと言われていました。もって1−2年ですと。手術した方もそのうちダメになります、と。その後、具体的な症状もなく元気でやっていたのですが、犬は話さないし、柴犬は我慢強くて、症状が出る頃にはかなり進行しているということは、ななこのときに学んだはずでした。

ある日夜泣きをやたらするようになり、病院に連れて行ったところ、眼圧が上がっていると言われて、目薬をもらって帰りました。もしかしたら、そこですぐに手術を決心していればよかったかもしれません。もらった目薬で別の症状が出てきたので、眼科にまた連れて行きました。そして手術はできるけど、一生ものではないし、痛みから解放してあげるにすぎない。目はいずれにしてももうほとんど見えていないし、このまま失明する、と言われました。痛みから解放する=義眼にするということでした。そのほかにも、反対の目と同様、パイプを通して涙の出し入れをスムーズにできるようにする、目の運動を殺して眼圧が上がらないようにするなどの方法があり、一番管理が楽なのが、義眼にしてしまうことのようなのですが、どのみち見えないのであれば、自分の目のほうがいいように思いました。決心がつかないまま、1ヶ月ほど、応急処置的に目に小さな穴をあけて、水を抜いて、目薬を差すという方法を続けました。

私は多少の覚悟はできていたのですが、ハナ的には聞いてないというか、どんどん視界が悪くなって行くのに混乱している模様で、その次に落ち込んで、食欲もなく出かけることもいやがっていました。私も床にモノができるだけないように片付け直したり、ベランダに柵をつけたり、いつも声をかけて不安にならないようにしたりしてみました。

しかし、犬はやはり賢いのです。
あるときから、決心したように、家の中でもマーキングをしたり、階段の段差感を足で計ったりするようになりました。散歩はいつも同じ道を通るようにして、階段や曲がるときに同じ声をかけるようにしたら、何日かでコースを把握してどこにいるかわかるようになりました。気のせいか、以前より言葉を理解しようとしているように思えます。こちらも言葉と動作で教えるようになりました。

いまでは以前と同じようにご飯をねだり、バーでスツールにも座り、東大のグランドを走り回ります。横断歩道手前の黄色いぼちぼちのところでは止まって、フレッシュネスバーガーの匂いにつられて店の前で止まろうとします。

それでもほとんど付きっきりです。自分の気休めのせいもあるけれど、それで少しハナがラクになるのかわからないけど、できるだけ一緒にいることを選んで生活しています。出張も最小限にして、一緒にいるときもずっと横でちょっとお尻をくっつけて座っています。ときどきうっとうしそうにされ、最近はダイニングのテーブルと椅子の間で寝るのがお気に入りの模様です。

今回、突然、このまとめを書いたのは、黒柴のさくらちゃんから、ウチのはなこになって、子育ての期間が終わり、ハネムーンも終わり、ここからがホントの相棒になるのだという区切りをつけたかったからでした。

これからも皆さん、一緒にハナをかわいがってください。







2013年4月1日月曜日

今日のはなちゃんまとめの 続き


先日から続く

救急車で大げさに運ばれた割には処置はさっくり終わって、飲み代の支払いとお詫びにファイヤーキングに戻ると、心配してくれた友人やお店の皆さんに迎えられ、懲りずにもう1杯飲みました。お店の上で預かってもらっていたハナは、さすがにバツの悪そうな顔をしており、とりあえず一緒に歩いて帰りました。そしてしばらくは蟄居謹慎。朝晩、東大を散歩して、お出かけなし。おやつなし。

一方で、緑内障の手術を早々にしないと失明することがわかりました。緑内障の手術は普通の動物病院ではできず、動物眼科という専門医で手術をすることになりました。ストレスのせいか、目の手術後の薬のせいか耳の肥満細胞腫はどんどん大きくなって、目の退院のあと、今度は耳の手術。耳の手術のあと、肝臓の値が異常に高いということで、さらに入院。<検査、手術、入院、通院>の1セットがだいたい30万くらいで、もう1万円札が1000円札に見えてきて、さすがに飲みに行っても、シャンパンでなくビールを飲む日々が続きました。

でも、目も耳も痛かった、太っててカラダが重くて辛かったということじゃないかと思いました。流血事件とダイエット、入退院を経て、カラダが楽になり、オオカミから柴犬になったハナは、徐々にいい子になりました。獣医さんから野犬化している場合、キューンと言うまで叩いてでも主従関係を教えなくてはいけないと言われていたのですが、流血事件以来、私は叩くのを止めて、かわいい、かわいい、とほめちぎることにしました。いいことをしたときは、かわいい、ダメなときは無視。実は相当甘ったれなことがわかりました。家の中では私が行くところ行くところ、全部くっついて回ります。料理しているときはキッチンの足元、お風呂に入っているときは浴槽の脇、お手洗いもついてきてじっと用を足すのを見ています。。。飼い主のすることを見て、少しずつ賢くなって、できることが少しずつ増えています。太っているときはひとりで上れなかった椅子にひとりで上がれるようになり、ソファで昼寝したり、暖房にあたったり、雨でお散歩に行けないときなど、おしっこが漏れそうになるとお手洗いに行って漏らします(柴犬は家の中ではおしっこはしない)。




ファイヤーキングにも再デビューしました。あんな流血事件を起こしてしまったのに、また温かく迎えてもらって、本人も感謝していると思います。
旅行にも行きました。


かれこれ1年半、ハナと私はちょっとずつよい相棒になりつつあります。何事も最初から相性が良い感じを人間関係にも求めがちですが、だんだんよくなる、ということもあるものだと私自身も学習しています。

そしてさらに試練です。 --- 続く。




2013年3月29日金曜日

NAVER じゃないけど、今日のハナちゃんまとめ



先代ななこの逝去から3ヶ月も経たずして、私はハナコと出会いました。

Google のテクノロジーはすばらしく、Gmailのアドセンス広告にはペットロスとか保護犬の情報を表示しまくられ、ふとした拍子に見つけた保護犬「黒柴のさくらちゃん」に会いに埼玉まで行ったのであります。

NPOなどに保護されている犬の一部、施設によっては多くが、預かりさんと言われるボランティアの家庭で預かられており、「黒柴のさくらちゃん」も地元のトリミングサロンに預かられていました。なんでも河原を歩いていたところを保護したそうで、柴犬らしいしっぽは切断されており、目も片目が変色していました。大小10匹くらいの犬がひとまとめにされていて、さくらちゃんはその群れに入れず奥の方で怪訝な顔でこちらを見ていました。

預かりさんに、都心に住んでいらっしゃるようだが、犬を飼う環境は大丈夫ですか、と聞かれて、(ここよりはマシですと言わずに)大丈夫だと思います(笑顔)、家の裏は東大で散歩は毎日最高学府の庭でします、お水は水道ではなくミネラルウォーターのサーバーから飲みます、毎月スパに出して手入れもします、家は1フロアしかないので、吠えても走ってもあまり気にする必要はありません、など、面接試験のような答えをすると、顔はかわいいけど、突然暴れて吠えたり噛んだりするので、これまでも引き取られては突っ返されの繰り返しだったので、突っ返すくらいなら持って行かないでください、と。毛も真っ黒じゃなくて季節によっては茶や白が出てきます。

その程度のことで突っ返す原因になるのかと思いつつ、そこのサロンはあと1ヶ月で取り壊すので、1ヶ月以内に引き取り手がない犬は保健所に届けることになるかもしれないというのです。迷いつつも、ななこのときと同じようになんとなく後に引けずに譲り受けることにしてしまいました。柴犬は特に成犬になってから人になつくのは難しいと言われていますが、実は先代ななこも成犬になってからもらってその後すごく仲良くなったので、まあなんとかなる気がしていました。

捨てられてごちゃ混ぜにされたつらい日々とさようなら。名前も「はなこ」に変えて、東京のグラウンドとバーで楽しく過ごそうね、と迎えられたハナ。

しかしその警戒心たるや私の想像をはるかに上回っていました。まず家の中に入ってこない。玄関の扉の四つ角に腰をつけて、家の中をじっと見ていて、ごはんですら私がいるときは食べず、出かけている間に食べているようでした。おやつをあげてもななこのように素直に食べず、加えて下に置いてなんども匂って食べるありさまで、近寄ると、うー、うー、とまったくかわいげのない声でうなるのでした。

あー、ななこをもらったときはうっとうしいほどなついてホントにかわいかったのに、なんだよ、かわいくないなーと思いつつ、まず病院に連れて行って念のため健康診断。診断中、ななこでは見たことのない暴れっぷり。さらに目は変色でなくて緑内障、耳のできものはおできじゃなくて癌、太り過ぎで心臓から変な音がして、肝臓にも異常数値が見られるとのことで、お医者さんにも「だからしばらくは止めなさいって言ったでしょ。寂しくて勢いでもらうと後が大変ですよ」と言われてしまいました。捨てられて保護された犬はそれなりに理由があって、しかも長い施設生活のストレスで病気になったり凶暴になったりするケースが多いそうで。とりあえず食事を減らして散歩をたっぷり。確かに太り過ぎです。

当時のはなこ。オオカミみたいです。

それにしてもまともにしつけられた様子がありません。まっすぐお散歩できない、ほかの犬にいちいちかまう、おしっこは止まってできない、生えている草を食べる。この上原あたりを散歩するのに恥ずかしいではありませんか、ったく。やさしいママに迎えられたはずが、食事を減らされ、何時間も散歩させられ、まっすぐ歩けだの、草を食べるなだの自由を奪われ、想定外のスパルタに混乱するハナ。そして事件が起きました。長距離の散歩に耐えきれず座り込んで歩かなくなり、やさしくもう少しがんばろうねと近寄った瞬間、油断していました、河原でほとんど野犬化していたと思われるおなかのすいたハナは、野良猫を見つけると猛ダッシュ。追いかけて食べようとしているとしか思えない勢いで、私は引きずられるようにしばらく走って、結局転んで猛犬は獲物をめがけてどこかに行ってしまいました。はなー、はなーと叫び続けて探すも昨日今日つけられた名前に反応するわけがありません。黒柴見ませんでしたか、黒柴見ませんでしたかと探しまわり、ようやく民家のスライド式の玄関に頭を突っ込んで、太り過ぎのおかげでお腹が抜けなくなってもがいているハナを見つけました。

さんざん走って叱りつけたので、喉が渇いた私はいつものとおりファイヤーキングでビールを飲もうと、油断してこの猛犬を連れて行ってしまい、さらに事件は起きました。ファイヤーキングの誰をも美しく見せる証明は、この猛犬もかわいく見せてしまい、ななこのときと同じように、お客さんがかわいいね、かわいいね、となでなでして通るわけです。このセレブ感に慣れていないハナは、次第になでようとする人に吠えだしました。そして吠えちゃダメと口を叩いた瞬間。。。血がふきあげてしたたるほど出ました。流血事件として目の前の交番に行って救急車を呼んで緊急手術です。 --- 続く