2013年4月17日水曜日

記事と広告と記事広告

Googleは相変わらず面白い。既得権益が油断して好きにやっていると突然びっくりさせてくれる。

インターネット業界から離れて何年も経つので知らなかったけど、Google がAdvertorial を混在して掲載するメディアをニュース検索の対象から削除します、というニュース、出版社でネットを担当する友人からの質問で知った。もはや質問されても困るけど。

該当メディアにとっては大変だと思うけど、個人的には賛成だ。もうひとつ言わせてもらうと、記事広告と言われているものは、広告記事と言うのが正しいと思う。媒体主導で書かれた記事にお金が支払われているのではなく、企業がお金を払った上で作った記事が掲載されているわけなので。昔は記事体広告と言ったんだけど、最近はどうなんだろう。

企業はお金を払って掲載スペースを買って、前提として作業費も出しているわけなので、当然内容は企業によってコントロールされたもので、媒体が第三者として取材して読者に情報を届けたものではない。雑誌も新聞もネットも、広告媒体における”記事”は、媒体が主体的に第三者の目で取材した内容をもって記事、または編集記事であり、広告主となりえる企業が第三者である記者/著者または媒体の目を通さずに、どのような形であれお金を払って発信した情報は、「記事」ではなく、「広告」である。

企業広報の立場として難しいのは掲載スペースを買った訳ではないが、その他のお金を払った場合で、例えば本社に取材に行くのに航空券代や現地のホテル代を払った場合などがこれにあたる。業界によってはもはや当たり前になっているので、毎度迷いつつも絶対にやりたくないというのが本音だ。毎回迷う。本社がOKするケースもあり、毎度迷う。自分のお金じゃないからいいといえばいいんだけど、払った以上アウトプットには色々言いたい。悪口なんて絶対書くなよと思う。でも媒体側は編集協力費という美しい項目で理解しているので、記事には口を出すなと思っており、かみ合う議論ではない。中国は「紅包(ホンパオ)」という習慣があって、経費に加えて参加費まで払うのが一般的だ。もちろん領収書は出なくて来た人全員に支払われるのが普通だ。

日本でも中国でもそりゃずっと続けられるならやればいい。しかしこのケースは払って、このケースは払わないとか、この人には払ってこの人は払わない、というわけにはいかない。一度始めたらずっと毎回が基本だ。

頑に「払いません」(払えません、が正しいのだけど)と言い続けてきており、本社での発表会は米国ベースの記者さんだけをお招きしている。新聞もテレビも通信社も報道である限り国内交通費やホテル代も一切請求されない。ホテルはまとめて借り切っていることが多いので、コストは変わりませんのでどうぞ、と言っても、内規で禁止されています、とおっしゃり、厳しいところはお土産も受け取らない。企画ものでわざわざ日本から行ってくださる場合も、こちらでコストをサポートすることはない。なので、事実関係が間違ってない限り、原稿内容そのものに口を挟むことは当然ない。

一度だけ、ヨーロッパはこんなに来るのに、なんでアジアはこんなに少ないんだと言われて、一度だけあれこれやりくりして一部の国に交通費を出したことがある。広報人生最大の後悔。インタビューで何分使ったのに半ページしか出ていない、とか、これ書くならあれ書いてくれとか、普通の記事としてはまったく問題ないどころかいいくらいなのに、言えない分、自分の中で金払ったぞストレスがすごい。なのでもうやらない。もしもう一度やろうと思うことがあれば、それは私自身の限界だ。

せいぜい、普通のご飯代くらいだと思う。お互いやりとりできる範囲だから。企業の広報がジャーナリストから往復航空券とホテル代出すので一緒に来てください、っていうケースはないと思う。あったからといっていいわけじゃないけど。

雑誌の広告記事の制作部門にもいたことがあるが、編集記事でありながら旅行企画などは多くのケース、航空会社やホテルがそれなりにいい条件で提供していることがほとんどで、換算すれば広告並の金額で、クルーを接待しているようなものだ。それ自体は別に悪くないと思うが、Google のニュース検索はそういうものもはじくようになるのか、ガイドラインが難しいところだと思う。

一方で、広告は別に悪いもんじゃない。スペースを買って言いたいことを言う、なにか問題でも? 広告業界がADなのにPRと言ってみたり、記事のように見せた広告を作ろうとするから、広告の情報価値が受取手の中でどんどん下がっているのだと思う。シャネルの広告はどんなファッショングラビアよりも美しく、キューピーの広告はどんな料理写真よりも美味しそうである。フクヤマまで出ていてありがたや。

Google はもはや技術だけでなくモノの価値観やありかたを提言する存在になったんだな。


2013年4月2日火曜日

今日のはなちゃんまとめ最終回


昨日の続き。

思えば、最初に緑内障の手術をしたときから、いずれもう片方も緑内障になって失明しますと言われていました。もって1−2年ですと。手術した方もそのうちダメになります、と。その後、具体的な症状もなく元気でやっていたのですが、犬は話さないし、柴犬は我慢強くて、症状が出る頃にはかなり進行しているということは、ななこのときに学んだはずでした。

ある日夜泣きをやたらするようになり、病院に連れて行ったところ、眼圧が上がっていると言われて、目薬をもらって帰りました。もしかしたら、そこですぐに手術を決心していればよかったかもしれません。もらった目薬で別の症状が出てきたので、眼科にまた連れて行きました。そして手術はできるけど、一生ものではないし、痛みから解放してあげるにすぎない。目はいずれにしてももうほとんど見えていないし、このまま失明する、と言われました。痛みから解放する=義眼にするということでした。そのほかにも、反対の目と同様、パイプを通して涙の出し入れをスムーズにできるようにする、目の運動を殺して眼圧が上がらないようにするなどの方法があり、一番管理が楽なのが、義眼にしてしまうことのようなのですが、どのみち見えないのであれば、自分の目のほうがいいように思いました。決心がつかないまま、1ヶ月ほど、応急処置的に目に小さな穴をあけて、水を抜いて、目薬を差すという方法を続けました。

私は多少の覚悟はできていたのですが、ハナ的には聞いてないというか、どんどん視界が悪くなって行くのに混乱している模様で、その次に落ち込んで、食欲もなく出かけることもいやがっていました。私も床にモノができるだけないように片付け直したり、ベランダに柵をつけたり、いつも声をかけて不安にならないようにしたりしてみました。

しかし、犬はやはり賢いのです。
あるときから、決心したように、家の中でもマーキングをしたり、階段の段差感を足で計ったりするようになりました。散歩はいつも同じ道を通るようにして、階段や曲がるときに同じ声をかけるようにしたら、何日かでコースを把握してどこにいるかわかるようになりました。気のせいか、以前より言葉を理解しようとしているように思えます。こちらも言葉と動作で教えるようになりました。

いまでは以前と同じようにご飯をねだり、バーでスツールにも座り、東大のグランドを走り回ります。横断歩道手前の黄色いぼちぼちのところでは止まって、フレッシュネスバーガーの匂いにつられて店の前で止まろうとします。

それでもほとんど付きっきりです。自分の気休めのせいもあるけれど、それで少しハナがラクになるのかわからないけど、できるだけ一緒にいることを選んで生活しています。出張も最小限にして、一緒にいるときもずっと横でちょっとお尻をくっつけて座っています。ときどきうっとうしそうにされ、最近はダイニングのテーブルと椅子の間で寝るのがお気に入りの模様です。

今回、突然、このまとめを書いたのは、黒柴のさくらちゃんから、ウチのはなこになって、子育ての期間が終わり、ハネムーンも終わり、ここからがホントの相棒になるのだという区切りをつけたかったからでした。

これからも皆さん、一緒にハナをかわいがってください。







2013年4月1日月曜日

今日のはなちゃんまとめの 続き


先日から続く

救急車で大げさに運ばれた割には処置はさっくり終わって、飲み代の支払いとお詫びにファイヤーキングに戻ると、心配してくれた友人やお店の皆さんに迎えられ、懲りずにもう1杯飲みました。お店の上で預かってもらっていたハナは、さすがにバツの悪そうな顔をしており、とりあえず一緒に歩いて帰りました。そしてしばらくは蟄居謹慎。朝晩、東大を散歩して、お出かけなし。おやつなし。

一方で、緑内障の手術を早々にしないと失明することがわかりました。緑内障の手術は普通の動物病院ではできず、動物眼科という専門医で手術をすることになりました。ストレスのせいか、目の手術後の薬のせいか耳の肥満細胞腫はどんどん大きくなって、目の退院のあと、今度は耳の手術。耳の手術のあと、肝臓の値が異常に高いということで、さらに入院。<検査、手術、入院、通院>の1セットがだいたい30万くらいで、もう1万円札が1000円札に見えてきて、さすがに飲みに行っても、シャンパンでなくビールを飲む日々が続きました。

でも、目も耳も痛かった、太っててカラダが重くて辛かったということじゃないかと思いました。流血事件とダイエット、入退院を経て、カラダが楽になり、オオカミから柴犬になったハナは、徐々にいい子になりました。獣医さんから野犬化している場合、キューンと言うまで叩いてでも主従関係を教えなくてはいけないと言われていたのですが、流血事件以来、私は叩くのを止めて、かわいい、かわいい、とほめちぎることにしました。いいことをしたときは、かわいい、ダメなときは無視。実は相当甘ったれなことがわかりました。家の中では私が行くところ行くところ、全部くっついて回ります。料理しているときはキッチンの足元、お風呂に入っているときは浴槽の脇、お手洗いもついてきてじっと用を足すのを見ています。。。飼い主のすることを見て、少しずつ賢くなって、できることが少しずつ増えています。太っているときはひとりで上れなかった椅子にひとりで上がれるようになり、ソファで昼寝したり、暖房にあたったり、雨でお散歩に行けないときなど、おしっこが漏れそうになるとお手洗いに行って漏らします(柴犬は家の中ではおしっこはしない)。




ファイヤーキングにも再デビューしました。あんな流血事件を起こしてしまったのに、また温かく迎えてもらって、本人も感謝していると思います。
旅行にも行きました。


かれこれ1年半、ハナと私はちょっとずつよい相棒になりつつあります。何事も最初から相性が良い感じを人間関係にも求めがちですが、だんだんよくなる、ということもあるものだと私自身も学習しています。

そしてさらに試練です。 --- 続く。