2014年1月10日金曜日

ビスコ


最近、私は自分の幼児性についてはっきりと認識できる出来事が何度かあり、人に迷惑をかけたり自分でもちょっと持て余している。

新年早々の成田エクスプレスは満席で、仕方なく自腹グリーン車。ハナと2週間分の荷物を抱えて席に向かう途中、近くに座っている子供がビスコを食べていた。あ、私もビスコ食べたい --- ビスコ食べたい。ビスコ食べたい。ビスコ食べたい!!!

車掌さんみたいな女性が来ておしぼりをくれる。
「すみません、あの、ビスコは子供だけの特典ですか?」
「???????」
「後ろの子供がビスコ持ってますけど。。。」
「???????」
「あの。。。お客様がお持ち込みになっていると思います」

そうですよね。よくというか普通に考えるとそうですよね。でもそうなるとビスコでアタマがいっぱいで、ハナを預けて珍しく時間があったというのに空港でフライトまで仕事もせずにビスコを探し続けた。コンビニ行ったり、ファミレスみたいなののレジに売ってないかと我ながらよくひらめいたと思ったり。ビスコ売ってないですか、ビスコ売ってないですか、ビスコ売ってないですか。。。

結局買えないまま飛行機に乗ると、もうビスコ以外食べたくなくて、機内食が来て、ごちそうさんの杏ちゃんみたいなCAが、「AとB、どちらがよろしいですか」「今日はいりません」。本当に杏ちゃんみたいで「長時間なんでお腹がすいてしまいますよ」「どちらか少しだけでも食べませんか」「本当にいらないんです・・・」

途中気を使った杏ちゃんが、パンとかおつまみとか色々持って来てくれるんだけど、「本当にいらないの・・・」。当面の重責に珍しくここのところナーバスになっていたこともあって、ビスコが食べられない私は世界で一番可愛そうな女の子に思えていた。あー、シャンパンもお寿司も好きなときに食べたり飲んだりできるのに、どうしてビスコを一切れ食べられないんだろう。。。と思って本当に泣いた。配布資料を機内で作る予定だったのに、ビスコが食べれないから作れない。

空港について同僚や同業者の皆さんに会うと、私はちゃんとした大人に戻る。ビスコのことも「ビスコでアタマがいっぱいなの」とかなり面白い話に仕立てて場を盛り上げられる。オレオでどうかと言って来たひとに軽く殺意を感じたことも絶対に見せない(チョコレート嫌いだし)。でも東京に帰れば食べられる、とも思えない。一秒でも早く、ビスコが食べたい。仕事が始まるとビスコを探す時間はなくなる。ビスコのせいでいつもの5倍くらい時間がかかって資料ができた。

こういう現象は昔から多少あった。あまり自覚がなかったけど最近、普段の自分との落差が激しくなってきて自意識が出て来た。若いときはそもそもわがままだったからそれにまぶされていたとも言える。

心理学者とかに分析してほしいくらいなんだけど、子供がデパートで足をばたばたさせて騒ぐようなどうしようもなく今その場で解決したいわがままを誰かにぶつけて解決して気を済ませたいか、自分で解決して達成感を味わいたいかどちらかなのだ。解決するとなんだかなかったことのようになってしまう。

仕事は好きでやっている。会社も社長も大好きだし、休みたいなんて思っていない。やれと言われたことはハイハイとやっているつもり。でも仕事をしている時間がとても長い。若手の頃はわがままも言えたし自分がどうしたいとも言ったりしていたけど、最近は自他ともに認識するベテランだ。自分の意志や判断でなにかを決めることがあっても、自分の気持ちや好き嫌いで仕事をすることはない。まー、違うんじゃないかと思っても、若手がそうしたいというならサポートする。そして広報という仕事は、自分がどう思うかを話すことはまずない(私はない)。会社や経営者を代弁しているだけで、個人的にどうかという話をする仕事ではない。友人と話すときもこの年になると仕事の話が多い分、多少慎重だ。嫁に行っていないばかりに、親といるときも親が期待する娘であるよう一応頑張る。で、普段はそれが苦痛ではない。普通にそうしているしストレスになっている様子もない。でもなにかの瞬間に突然他の自分が出てしまう。

一緒にお仕事をしたみなさん、仕事上のわがままはすみません。でもそれは私個人のわがままではないです。なにか必要とされている結果のために必要だったお願いごとです。飲み屋の皆さん、メニューにないものを色々言ってすみませんでした。でもカレー屋でお寿司出してくれとは言ったことはありません。できるかまず聞いて、できるというので出してもらいました。お金も払いました。嫌だったら嫌だと言ってください。ハナと一緒に遊んでくれている皆さんもありがとうございます。しかし私一人ですと力不足というか、ハナがいたほうが皆さん楽しいのではないかと思っております。

なので、なので、たまには後先考えずに私も私がどうしたいって言いたい。翌朝起きなくていい日くらい、夜中のテレカンやらハナの散歩やら戸締まりやら火の元やら気にしないで飲んでぐーたら寝たい、ハナの散歩もこんなに楽しいけどぐいぐいと引っ張られずにたまには自分が歩きたいように歩きたい、朝起きたら美容と健康ないことにして美味しい珈琲をがぶがぶ飲みたい、きれいなところにのんびり旅行に行きたい。言いたい放題言いたいー。

で、ビスコが食べたい。あまりの忙しさに一瞬忘れてたんだけど、期間限定のいちごクリーム味のビスコがあるらしいと余計なことを教えてくれた人がいて、再燃。早く帰らないとなくなると思ってあせっている。期間限定ってどのくらい期間限定なんだろう。

いちごビスコ食べたいー。いちごビスコが食べたいー。いちごビスコが食べたいー。


2014年1月2日木曜日

星に願いを


2014年元旦の美しく晴れた青い空を見ながら、数日前に見た満点の星空を思い出していました。

やっとこさ休みだというのに、朝早くから新幹線、ローカル線、タクシー、小型船を乗り継いで小さな島へ。途中、新幹線の車窓から富士山がきれいに見えて、美味しい駅弁を食べて、エキナカのドトールが何気に美味しくて、ローカル線の鉄子気分が楽しくて、タクシーの運転手さんが妙におしゃべりで可笑しくて、島に着いて、世界一美味しいうどんを食べて、奇跡的にその小さな島にある多数の世界的なアートに感動して、夜になって、夜道を散歩しながら空を見上げたら、見たこともない、すごいときれいくらいしか言葉が出てこないほどの星空がありました。その日1日にあったこんなに多くの小さな感動の積み重ねは、星空一発がバサっと上書きしてしまいました。その日1日は、どんな日だったかというと、「色々あったけど、星空がきれいだった」日でした。

昔、アフリカで日の出を見たときのことを思い出しました。太陽は空にぽっかり浮かんでいるようなイメージだったのが、そこでは太陽は地平線から生えてくるように音を立てて登場しました。アフリカではライオンの交尾を見たり、象の大群を見たり、いろんなことがあったのだけど、その旅はどんな旅だったかというと、「太陽がすごかった」旅でした。

改めて気づいたのは、空ほど私に大きな感動や解決を与えてくれるものはありません。日の出を見て少し敬虔な気持ちになったり、青く晴れ渡った空は単純に気持ちを晴れやかにしてくれたり、赤々とした夕日は逆に気持ちを静かにしてくれて、満月は興奮する人もいるかもしれないけど、私は満ち足りた豊かな気持ちになる気がします。空を見ると、アタマは解決していなかったとしても、気持ちの面では多くのことが解決します。ウチの大ボスが常々、太陽は宇宙で一番大きなエネルギーで人間はこれを使わない手はない、と言っているのですが、それはインフラとしてのエネルギーだけでなく、生きるエネルギーということにもつながるのかもしれません(と本人から聞いたことはないけど)。

夜中にこっそり抜け出して、もう一度外に出て満天の星空をあおぎました。迷ったり、辛かったり、悩んだりしたら、空を見ればよいのだと確信したのでした。そして一曲

2014年も、よい年になりますように。